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再発性膀胱がんに対する新しい治療法「経尿道的レーザー蒸散術(TULA:チュラ)」
再発性膀胱がんに対する新しい治療法「経尿道的レーザー蒸散術(TULA:チュラ)」
膀胱がんは、一度治療しても再発しやすいという厄介な特徴があります。「また手術のために入院しなければならないのか」「麻酔や術後の管(カテーテル)が辛い」……再発を繰り返す患者様にとって、その負担は計り知れません。
当院では、2024年(令和6年)より保険適用となった新しい治療法「経尿道的レーザー蒸散術(TULA)」を導入しました。千葉県内では初となる、再発性膀胱癌に対する日帰りレーザー治療です。今回は、当院で実際に行った「日帰り手術」の様子と、医学的なメリット・デメリットについて詳しくお話しします。
「膀胱がんの手術=入院が必要」というこれまでの常識を覆すこの治療法は、患者様の生活の質(QOL)を大きく向上させる可能性を秘めています。
院内滞在はわずか約1時間
先日行った県内初となる症例では、私たち医療スタッフも改めてこの治療の「低侵襲性(体への負担の少なさ)」を実感することとなりました。
従来、膀胱がんの手術(TUR-BT)といえば、腰椎麻酔や全身麻酔を行い、術後にカテーテル留置を行う必要性や数日間の入院が必要でした。しかし、今回行ったTULAでの流れは全く異なります。
- ご来院・準備
- 膀胱内への麻酔薬の注入(局所麻酔)
- 軟性膀胱鏡(柔らかい内視鏡)による組織採取とレーザー治療
- 術後の確認・ご帰宅
この全ての工程を含めても、院内滞在時間は約1時間程度でした。
治療中、患者様は意識がはっきりしており、会話ができる状態でした。「痛みはどうですか?」と伺っても「ほとんど感じません、すこし押されているような感じだけです」と苦痛なことはありませんでした。組織の生検を含めて治療は15分程度で終了し、術後も痛みなど無くすぐにご自身の足で歩いて帰宅されました。
医学的見地と世界の動向:なぜ今「TULA」なのか
では、なぜこのような治療が可能になったのでしょうか。
これまで膀胱がん治療のゴールドスタンダードは、硬性鏡(硬い内視鏡)と電気メスを用いた切除術(TUR-BT)でした。これは根治性が高い優れた手術ですが、小さな再発を繰り返す患者様にとっては、その都度入院や麻酔が必要となり、身体的・社会的負担が非常に大きいことが課題でした。
- 軟性鏡とレーザーの進化: TULAでは、胃カメラのように柔らかく細い「軟性膀胱鏡」を使用します。尿道の痛みがほとんどなく、自由自在に曲がるため、膀胱の入り口付近や奥にある腫瘍にも正確にアプローチできます。そこに高性能なダイオードレーザーを用いることで、出血させずに腫瘍だけを焼灼・蒸散(焼き飛ばす)させることが可能になりました。
- 欧米ではすでにスタンダードな選択肢: 実はTULAによる膀胱癌治療は、イギリスや北欧などの医療先進国では、すでに再発性低リスク膀胱がんに対する標準的な選択肢の一つとして普及しています。 「入院手術による負担」と「がんコントロール」のバランスを考えた際、小さな再発であれば外来(日帰り)でサッと治す方が、患者様にとっても医療経済にとっても合理的であるという考え方が世界的なトレンドになりつつあります。英国や北欧を中心として、ヨーロッパでは10年前からおこなわれており、欧州泌尿器科学会EAUのNMIBCガイドライン最新版(2023年度版)にも記載されました。
患者様にとっての大きなメリット
- 入院不要の日帰り治療 最大のメリットは、入院の必要がないことです。お仕事やご家庭の事情で長期間休むことが難しい方でも、日常生活を維持しながら治療を受けられます 。
- 抗凝固薬(血液サラサラ)による出血のリスクが少ない 脳梗塞や心臓病予防のために「抗凝固薬・抗血小板薬」を飲んでいる方でも、基本的に薬を休まずに治療が可能です。使用するダイオードレーザーは止血効果が非常に高く、出血のリスクが極めて低いためです 。だたし、使用している薬の種類によっては入院治療をお勧めする場合があります。
- 体への負担が少ない 膀胱内に麻酔薬を入れるだけなので、麻酔のリスクが心配なご高齢の方や、持病(心疾患や肺疾患)をお持ちの方でも安全に受けていただけます 。従来の手術で起きることがある「足が勝手に動く反射(閉鎖神経反射)」も起きないため、膀胱を傷つけるリスクも抑えられます 。
知っておくべき「デメリット」と適応
非常に優れた治療法ですが、万能ではありません。当院では患者様に納得して治療を受けていただくため、デメリットも必ずご説明しています。
デメリット1:正確な病理診断が難しい
TULAはレーザーで腫瘍を焼いて蒸発させてしまうため、従来の手術のように「切除した腫瘍を顕微鏡で詳しく調べる」ことが十分にできません 。 そのため、「がんの悪性度が上がっていないか」「根っこ(筋肉)まで入り込んでいないか」という詳細な評価(ステージング)については、従来の手術(TUR-Bt)に劣ります。
デメリット2:適応となる患者様が限られる
上記の理由から、「初めて膀胱がんが見つかった方」には原則として行いません(正確な診断が必要なため)。 基本的には以下の条件を満たす方が対象となります 。
- 再発の膀胱がんであること
- 以前の検査で、悪性度が高くない(ローリスク〜中リスク)とわかっていること
- 腫瘍の位置や数、サイズが、レーザーで治療可能な範囲であること
デメリット3:再発率への理解が必要
海外の長期データでは、TULAは従来の手術に比べて、わずかに再発率が高い可能性が示唆されています(目に見える腫瘍のみを焼くため、周囲の微細な病変が残る可能性があります)。 しかし、「命に関わるような進行(筋層浸潤)」のリスクは低く、長期的な生存率は従来の手術と変わらないこともわかっています 。
安全に、そして安心して受けていただくために
繰り返しになりますが、すべての膀胱がんにTULAが適応となるわけではありません。 腫瘍の大きさ、位置、数、初回手術時の病理検査結果(悪性度、深さ)、などを正確に診断し、「日帰りレーザーで完治できる」と判断した場合にのみ行います。
今回の治療を通じて、当院では以下のことを確信しました。
- 安全性: 適切な手技で行えば、出血や穿孔のリスクは極めて低い。
- 無痛性: 適切な局所麻酔と軟性鏡の操作により、痛みはコントロール可能である。
- 社会復帰: 仕事や家事を休むことなく、治療当日から普段通りの生活に戻れる。
「がん」と言われると、どうしても大きな手術や長い入院を想像し、不安になるものです。しかし、医療技術の進歩は、その不安を「安心」と「日常」に変えつつあります。
県内で初めてこの治療を成功させられたことは、地域医療を担う私たちにとって大きな自信となりました。これからも、世界の最先端の知見を取り入れながら、患者様一人ひとりのライフスタイルに合わせた、安心できる医療を提供できるよう努めてまいります。
膀胱癌の再発予防や定期検査で通院中の患者様で、TULAについて詳しく知りたい方は、診察時にどうぞお気軽にご相談ください。
